Tシャツを脱げば、雄大な100cmのバスト。これが金曜の夜9時に地上波で流れていたということに、隔世の感がある。アオザイはサイズが変わってしまうと着られないと聞く。彼女は今もその頃のプロポーションを維持しているのだろうか。
大沢舞子としての最大露出は、紀行番組「世界プチくら!」であろうか。wikiによると、>世界各都市に女性レポーター「プチくらさん」を1週間滞在させ、その地で若さや美しさを保つための方法を探してくるというもの。タイトルの「プチくら」とは、短期滞在旅行(プチ・暮らす)を意味している。というショートステイものの番組で、わずか6回に終わった(繋ぎか?)うちの第1回とある。ベトナムでアオザイを作るシーン。アオザイを作るには体の20か所以上を採寸するそうで、無論豊かなバストを覆い隠すTシャツの上からも測られる。
後に某大手事務所へ移籍、「大沢舞子」に改名する。しかし、グラビアに強い事務所というわけではなかったためか、イエローキャブの牙城を崩すことはできず、2002年以降になると、グラビアでの露出は減っていく。胸だけで売れるのはなかなか難しいものである。
何と、100cmJカップのバストをまるで乳絞りかパイズリでも行うかのように、大胆に両手で鷲掴みしたのだった。この姿に高まりを抑えられず、自分自身を挟まれている妄想を抱きながら、発射したことは一度や二度どころではない。
グラドルにありがちな、巨乳=コンプレックス。みなみの場合は、流石に歌舞伎町で勤めただけあってか、以下のようなエピソードがある。・客に「おさわり」されても笑顔でかわしていた。・高校時代(野球部のマネージャー)、ノーブラのままタンクトップ・短パン姿で洗濯をしたり、練習後の野球部員達と一緒にプールで遊んでいた。・胸元が大きく開いたタンクトップから乳房が丸見えだったのに気づかず部員と話していたり、プールでブラが外れても構わずに遊んでいた。そんなエピソードを彷彿とさせるのが、デビューIVの「Final Beauty」。ラスト、ピンクのビキニ姿でプールから上がった彼女はこの後、驚きの行動に出る。