敗戦の原因は四つあると思う。第一、兵法の研究が不充分であった事、即ち孫子の、敵を知り、己を知れば、百戦危からずという根本原理を体得していなかったこと。第二、余りに精神に重きを置き過ぎて科学の力を軽視した事。第三、陸海軍の不一致。第四、常識ある首脳者の存在しなかった事。往年の山縣(有朋)、大山(巌)、山本権兵衛、という様な大人物に欠け、政戦両略の不充分の点が多く、且つ軍の首脳者の多くは専門家であって部下統率の力量に欠け、所謂下剋上の状態を招いた事。〜『昭和天皇独白録』 文春文庫 P99より〜